2016年02月14日

上毛カルタ巡り「ちの編」

力合わせる二百万のガイドブックに群馬県が輩出した偉人たちのゆかりの地を訪ねてみようと又群馬の偉人について学ぼうと書いて有り、ガイドブックを見乍ら今年はなるたけ多くのゆかりの地を訪ねたいと思って居る、今回は元総理大臣福田赳夫先生の像、生家、菩提寺、墓地を一番に訪ねました
上毛カルタ巡り「ちの編」

私が現役時代は飲食店で地元の福田後援会の集会にはよく利用して戴きました。本当に気さくな先生で来店して会場に入るとようと手を上げ歓迎に応えて居たポーズを群馬図書館前に建つ福田先生の手を挙げた像をみてなつかしく思い出しました。

上毛カルタ巡り「ちの編」

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生家には現在先生の兄のお孫さんが当主ですが長屋門も母屋も先生が生まれ育ったままなのには驚きました。

上毛カルタ巡り「ちの編」

上毛カルタ巡り「ちの編」

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続いて福田先生の菩提寺を訪ねました。徳昌寺ですがこの寺の檀徒さんには成功者が多く居られ勤勉の鐘と書かれて有りましたが数千万円する鐘楼を一人で寄付して居りました。又おおきな聖観世音菩薩の立像は戦中フイリッピンの生き残りの人が戦地で亡く成った戦友の供養に寄贈建立したものでした。

上毛カルタ巡り「ちの編」

上毛カルタ巡り「ちの編」

最後に墓地を訪ね線香をあげ手を合わせて来ましたが、総理大臣福田赳夫先生のお墓は三枝夫人と並んで建てられて居りましたが余りにも質素なお墓で涙が出る想いでした

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この記事へのコメント
後閑様

福田赳夫元総理の偉大なことは、今では仰ぎ見るような存在になりました。
知力、胆力、現在の総理とは天と地ほど違います。日本人の実力も地に堕ちています。

福田総理の功績は数え上げることもできないほどですが、私が印象に残っているのは高崎中学、現在の高崎高校、名門中の名門といわれる髙髙の歴史の中で、現在ただいまでも、福田赳夫氏を超える学業成績を出す人間は居ないのだと聞きました。恐るべき頭脳ではありませんか。

政治家として沢山の業績がありますが、1965年の証券不況をのり越えるため、戦後初めて発動された国債(赤字国債)を決断されたことが印象に残っています。当時の大英断は二千億円でした。これしかない切り札だったようです。
しかし、この国債残は積もり積もって現在では1000兆円にまで膨らんでいます。

そもそも、この赤字国債は一度発行すると止めようがなくなる麻薬のようなものである、とは一番よく知っていた方でした。万全の備えで発行したのでしょうが、やはり現在の状況を呈しています。

あの世から今の状態を見ると、なんと思われるのでしょう。
(政策を批判しているのではありませんので、念のため)
Posted by 庄野勝久 at 2016年02月14日 12:32
庄野さん毎度コメント有難う御座います。
福田先生の事,よく知って居て嬉しく思いました。私の深く尊敬しして居る先生ですので。

戦後4人も内閣総理大臣が輩出されたことも群馬県人として誇りに思います。

上毛かるた巡りを初めてみたら,ガイドブックに記されて居る、偉人さんたちのゆかりの地を巡るだだけでも壱年や弐年では廻れそうもそうも有りませんし、絹遺産群廻り始めるととても年数が掛かり過ぎるなと現在思って居りますが出来るだけガイドブックを手に出来るだけ多くの地を訪ねたいと思って居ります
庄野勝久様  後閑林司郎
Posted by 林ちゃん林ちゃん at 2016年02月15日 06:58
 
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