2016年03月07日

上毛カルタ巡り「ねの編」

葱とコンニャク下仁田名産
先日下仁田に行って来ました。関越高速道から,信越高速道下仁田インターを下り254街道に出た途端、多くの葱とコンニャクの看板が目に飛び込んで来た。
私の友人も子持村にてコンニャク栽培を大きくして居るし、昭和村の親戚も大きくコンニャク栽培をして居り秋の掘り取りの手伝いに行った事が有り。下仁田周辺のコンニャク栽培よりこの地方の栽培量の方がずっと多いい栽培だが業者は畑まで来て集荷して,皆下仁田へ運んで居た。下仁田にだけしか製粉にする工場が無いのだとその時お聞きして居た。254街道沿いに成る程製粉工場の多さが解りました。

上毛カルタ巡り「ねの編」

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日本一のこんにゃく粉の生産量

食べ物のこんにゃくは,こんにゃくと云う植物の球茎「いも」を粉にしたものから作られます。夏の間はコンニャク芋を畑に植えて、冬はその根を掘り出して取って置き、次の年に又畑に植えます。これを2-3年繰り返し、大きくして収穫
します
栽培されたコンニャク芋の多くが下仁田に集められこんにゃく粉{精粉}になります下仁田で生産される粉の量は、日本一ですとガイドブックに記して有りました。





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この記事へのコメント
後閑様

長寿センターで歌ったと思うと、下仁田訪問とは驚くべき行動力です。恐れ入ります。

私が育った広島の海辺では、こんにゃくにはほとんどお目にかかりませんでした。群馬のこんにゃく畑は珍しい風景でした。

こんにゃくの粉は「黒い粉」と言われるのだと聞いたことがあります。麻薬のことを「白い粉」といいますが、それに合わせた言い方だったのでしょうか。
それとも、「赤いダイヤ」が小豆、「黒いダイヤ」が石炭、それぞれ価格変動、相場の波が暴騰、続落急降下して、大変な儲けと、破産を生みます。

こんにゃくの「黒い粉」を何㎏持っているだけで、バーや、スナックでおおもてだったとか聞いたことがあります。へェーっ、そんなすごい粉なんだ、とびっくりしたことがあります。今はどうなんでしょう。

「風船爆弾」という奇想天外な爆弾を、日本は戦争中作りました。
和紙を張り合わせた風船でした。この和紙を張り合わせる接着剤に、こんにゃくが大量に使われたのです。日本上空何kmの高さを通過するジェット気流に乗せて、アメリカ本土を爆撃するというものでした。

強烈な風圧と、低温に耐えられる接着剤は、当時考えられなかったのですが、このこんにゃくの力に目を付けたところが日本人のすごいところでした。現在でもこの接着剤のすごさには、驚きの声が上がるそうです。

アメリカ本土へは2・3発かが届いて、小規模ながら山火事を起こした例があります。アメリカは相当な反応示して、原爆の開発を夜を日についで急ぎ、一気に作成したといいます。原爆作成に早急作成のスイッチを入れたことになりました。

ついでにびっくりしたのは、この「風船爆弾」を指揮していたのが、「群馬火工」の社長さんでした。(お名前を失念しております、ごめんなさい)

現在は、ダイエット食品として注目が集められています。昭和村もこんにゃく畑が大きく広がっています。
Posted by 庄野勝久 at 2016年03月07日 08:43
庄野さん毎度コメント有難う御座います。
本日のコメントもそうだったのですかと思う書き込みです。庄野さんは色々の事、知って居り驚くばかりです。色々教えて戴き有り難いです。
庄野勝久様  後閑林司郎
Posted by 林ちゃん林ちゃん at 2016年03月07日 09:00
 
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