2015年04月24日
秩父34観音巡り第28番札所橋立堂を参詣
過日第28番札所橋立寺を参詣しました。橋立寺は秩父市上影森675に祀られて居り、本尊は馬頭観世音菩薩。宗派は曹洞宗。御詠歌は「霧の海たちかさなるは雲の波たぐいあらじとわたる橋立」と詠われて居ります



この寺では団体の巡礼者と一緒になった。真剣に観音経を唱える姿に感動しました。岩の真下に祀られて怖い思いでした。


百観音霊場で馬頭観世音を本尊とするのは西国二十九番松尾寺とここ橋立寺のみ、弘法大師が止錫して柚の老木をもって刻んだとつたえられる。武甲山西麓の切り立った岩屋に御堂があり、奥の院は橋立鍾乳洞として知られて居る。と御朱印帳には記されて居ります。



この寺では団体の巡礼者と一緒になった。真剣に観音経を唱える姿に感動しました。岩の真下に祀られて怖い思いでした。


百観音霊場で馬頭観世音を本尊とするのは西国二十九番松尾寺とここ橋立寺のみ、弘法大師が止錫して柚の老木をもって刻んだとつたえられる。武甲山西麓の切り立った岩屋に御堂があり、奥の院は橋立鍾乳洞として知られて居る。と御朱印帳には記されて居ります。
Posted by 林ちゃん at 12:27│Comments(1)
この記事へのコメント
後閑様
岩をくり抜いたのでしょうか、洞に造作をかけたのでしょうか、本当になんだか怖そうなところです。信者の念仏はどのような念仏なのでしょうか。
それにつけても沢山のお寺を回られると、いろいろな仏様や、観音(菩薩)様、に出合います。その一つ一つは確かに意味があったはずなんですが、分かっているつもりでいながら、一体何を表し、私たちに何の教えを説いてくれているのかよくわからないものです。
前回の「勝軍地蔵」についてもそうでしたが、今回の「馬頭観音」につきましても、よく耳にし、目にしているのに、改めて考えてみるとどんな意味なのでしょうか。
後閑様のメールで、再度、ざっとですが目を通してみました。いつも勉強になります。
少し長くなりそうですが、こんなことがわかりました。
馬頭観音(ばとうかんのん / めづかんのん)、梵名ハヤグリーヴァ (हयग्रीव [hayagriiva])は、仏教における信仰対象である菩薩の一尊。観音菩薩の変化身(へんげしん)の1つであり、いわゆる「六観音」の一尊にも数えられている。柔和相と憤怒相の二つの相をもち、日本では柔和相の姿はあまり知られておらず作例も少ない。そのため、観音としては珍しい忿怒の姿をとるとも言われ、通例として憤怒相の姿に対しても観音と呼ぶことが多い.
梵名のハヤグリーヴァ(音写:何耶掲梨婆、賀野紇哩縛)は「馬の首」の意である。
他にも「馬頭観音菩薩」、「馬頭観世音菩薩」、「馬頭明王」、「大持力明王」に加え、中国密教では「馬頭金剛」、「大持力金剛」など様々な呼称がある。衆生の無智・煩悩を排除し、諸悪を毀壊する菩薩である。
転輪聖王の宝馬が四方に馳駆して、これを威伏するが如く、生死の大海を跋渉して四魔を催伏する大威勢力・大精進力を表す観音であり、無明の重き障りをまさに大食の馬の如く食らい尽くすというところから、「師子無畏観音」ともいう。
他の観音が女性的で穏やかな表情で表されるのに対し、一般に馬頭観音のみは目尻を吊り上げ、怒髪天を衝き、牙を剥き出した憤怒(ふんぬ)相である。 また「馬頭」という名称から、民間信仰では馬の守護仏としても祀られる。さらには、馬のみならずあらゆる畜生類を救う観音ともされていて、『六字経』(大正蔵:№1186)[10]を典拠とし、呪詛を鎮めて六道輪廻の衆生を救済するとも言われる「六観音」においては、畜生道を化益する観音とされる。
馬頭観音の石仏については、馬頭の名称から身近な生活の中の「馬」に結び付けられ、近世以降、民間の信仰に支えられて数多くのものが残されている。また、それらは「山の神」や「駒形神社」、「金精様」とも結びついて、日本独自の馬頭観音への信仰や造形を生み出した。
以上大雑把なところです。
*
さやえんどう収穫とは早いですね。私の畑は、えんどう豆とソラマメが花盛り中です。
岩をくり抜いたのでしょうか、洞に造作をかけたのでしょうか、本当になんだか怖そうなところです。信者の念仏はどのような念仏なのでしょうか。
それにつけても沢山のお寺を回られると、いろいろな仏様や、観音(菩薩)様、に出合います。その一つ一つは確かに意味があったはずなんですが、分かっているつもりでいながら、一体何を表し、私たちに何の教えを説いてくれているのかよくわからないものです。
前回の「勝軍地蔵」についてもそうでしたが、今回の「馬頭観音」につきましても、よく耳にし、目にしているのに、改めて考えてみるとどんな意味なのでしょうか。
後閑様のメールで、再度、ざっとですが目を通してみました。いつも勉強になります。
少し長くなりそうですが、こんなことがわかりました。
馬頭観音(ばとうかんのん / めづかんのん)、梵名ハヤグリーヴァ (हयग्रीव [hayagriiva])は、仏教における信仰対象である菩薩の一尊。観音菩薩の変化身(へんげしん)の1つであり、いわゆる「六観音」の一尊にも数えられている。柔和相と憤怒相の二つの相をもち、日本では柔和相の姿はあまり知られておらず作例も少ない。そのため、観音としては珍しい忿怒の姿をとるとも言われ、通例として憤怒相の姿に対しても観音と呼ぶことが多い.
梵名のハヤグリーヴァ(音写:何耶掲梨婆、賀野紇哩縛)は「馬の首」の意である。
他にも「馬頭観音菩薩」、「馬頭観世音菩薩」、「馬頭明王」、「大持力明王」に加え、中国密教では「馬頭金剛」、「大持力金剛」など様々な呼称がある。衆生の無智・煩悩を排除し、諸悪を毀壊する菩薩である。
転輪聖王の宝馬が四方に馳駆して、これを威伏するが如く、生死の大海を跋渉して四魔を催伏する大威勢力・大精進力を表す観音であり、無明の重き障りをまさに大食の馬の如く食らい尽くすというところから、「師子無畏観音」ともいう。
他の観音が女性的で穏やかな表情で表されるのに対し、一般に馬頭観音のみは目尻を吊り上げ、怒髪天を衝き、牙を剥き出した憤怒(ふんぬ)相である。 また「馬頭」という名称から、民間信仰では馬の守護仏としても祀られる。さらには、馬のみならずあらゆる畜生類を救う観音ともされていて、『六字経』(大正蔵:№1186)[10]を典拠とし、呪詛を鎮めて六道輪廻の衆生を救済するとも言われる「六観音」においては、畜生道を化益する観音とされる。
馬頭観音の石仏については、馬頭の名称から身近な生活の中の「馬」に結び付けられ、近世以降、民間の信仰に支えられて数多くのものが残されている。また、それらは「山の神」や「駒形神社」、「金精様」とも結びついて、日本独自の馬頭観音への信仰や造形を生み出した。
以上大雑把なところです。
*
さやえんどう収穫とは早いですね。私の畑は、えんどう豆とソラマメが花盛り中です。
Posted by 庄野勝久 at 2015年04月25日 09:15