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Posted by 株式会社 群馬webコミュニケーション at

2014年05月31日

小さな博物館蔵人を訪ねてその2

昨日アップの続きです。私の養父は元内閣総理大臣福田赳夫先生の狂信的支持者で選挙が始まると子息でやはり総理大臣経験者の康夫先生が我がぼろやに毎朝迎えに来ての事務所通いをして居ました。ご主人も矢張り狂信的支持者で事務所で一緒だった事も有り、話はつい長々と政界の話しに行きがちでした。
そして案内されたこの部屋で、群馬銀行の前身群馬大同銀行の設立の協議が行われ、そのお礼文がこの4名連記の礼状で名刺も有ると、櫛類が展示されて居た下に展示されて居ました。

字の読めない私達の為に、黄色の紙に解りやすく書いて有りました。
群馬県に只一つ群馬銀行の前身、群馬大同銀行の設立された協議が立ったままで説明を聞いて居るこの間で行われたと云うのですから感服しました。
展示されて居た品々の説明が一通り済むと、奧の部屋から風呂敷包みを持ち出して来て、分厚い現天皇陛下のご成婚記念写真集等見せて下さいました。



         この写真集にもお目にかかった事は無く感激でした

又別の箱からご主人学生時代から集められたと云う、スタンプ帖を見せて下さいました。此のスタンプ帖も激動の昭和を表して居る。歴史ものでして感服しました。

次に、天袋の戸の4枚に描かれた絵画を指差し、此の絵画は高碕藩最後の絵師が描いたものだと説明されました。
「名前も聞きましたが覚えて居りません」
今般高崎市制百周年祭りにぜひ4枚の絵画を貸して刳れとの強い要請が有ったが応じられなかったと話し、其の戸を開けて箱入りの陶器を出して見せて呉れました。
「柿右衛門」作との事、柿右衛門とは陶器に初めて朱色等の色付けに成功した名人との事。


徳利、受皿、盃のセットもの一枚一枚皆丁寧に和紙に包まれ包装されて居ました。

ご主人が前に有った古墳跡から子供の頃拾い集めたと云う、瓦欠けや土器も展示されて居ました。
又、話が、下田邸書院が現在残って居る事について話して呉れました。東京に住む、下田邸の当主が下田邸4千坪の土地を売り出す事を一躍察知、直ちに箕輪町町長、町議会議員に呼び掛け、町で買い取る様に奔走、下田邸当主に働きかけ、町以外の人に売れば例え書院だけでも下田邸は残らないと強く要請、当主が考えて居た半値で箕輪町に買い取らせた事従って現在箕郷町支所が有り、公民館があり、下田邸書院が残り、広い駐車場も有ると熱弁でした。
丁度奥様が帰宅されたので奥様に挨拶して、ギャラリーを後にしました。
展示品の中で幻に終わった東京オリンピックのチケット、展示されて居た陶器類に盛り付けられた奥様手作りの何十枚の料理写真も印象深く見させて戴きました。
此れだけの宝物展示品は中々見られないと思います、百聞は一見に如かず、近くの人は是非ご覧に成る事をお勧めします。  


Posted by 林ちゃん at 06:11Comments(2)その他

2014年05月30日

小さな博物館蔵人を訪ねて

去る5月28日、グンブロ仲間の迷道院高崎さんより、箕郷に面白い処が有るよと、ブログの書き込みを戴き、29日午後行って来ました。奥様は留守で、ご主人だけでした。訪問の経緯を話し、身分を申し上げますと、娘が嫁いだ家と祖父同士から非常に懇意で娘婿の祖父は良くお邪魔して居たとの事、私の事も良く知って呉れて居ました。
さアーどうぞと座敷に通され、延々3時間以上、展示品の説明をして下さいました。
余りにも素晴らしい展示品で、凡人の私にはとても、伺った話を皆さんに説明できません。
ご主人、奥様が買った物は何も無く、現在も使って居るものを展示してるだけとお話してましたが、帰り際には北斎の画も3,4十枚有るから後閑さん次に来た時は見せるよと云われ、次回行くのが楽しみです。

灯台下暗し、娘が箕郷に嫁いで居り、良く通る道で、岩戸川の看板は見て居たのですが、まさかこんな素晴らしいギャラリーが有ったとは。

看板には毎週木曜日は休館日、折角行ったので失礼ながら屋敷に入り声を掛けて見ました。

屋敷に入ると大きな釜が展示されて居ました。酒造りに使用した物でしょう。

博物館内に入り一番に目に飛び込んできたのは鎧でした。説明によれば兜の紐は絹ですし、裾も鹿皮で出来ており、高官が着た鎧で、鎧の周りに並べて有る品々、此れだけ全て残ってる鎧は無いとの説明でした。

見る人が見たら唾物でしょう。歴代の奥様方使用されたと櫛類、良く此れだけ大事に残して居たものだと、御大家の各品々を大事にして居るのには本当に驚きです。続きは明日アップしたいと思います。  


Posted by 林ちゃん at 05:04Comments(6)その他

2014年05月29日

福島町金剛寺を訪ねて

先日高崎市福島町金剛寺を訪ねました。先代住職様には青年団当時から大変お世話に成ったお方でしたが、残念ながら亡くなりました。
お伺いした日、先代奥様にお会いし種々説明戴きながら懐かしく話し合いました。金剛寺には石造薬師如来座像が祀られて居ると伺いお邪魔したが,大きい木の下のお堂に祀られて居ました。


立派な石造り鳥居をくぐり格子戸の隙間から薬師如来像を写真に収めました。


         本堂は建て替えたばかりで落慶法要木柱も立てて有りました。

         境内には13層塔を始め多くの石像も祀られて居ました。

山門外には22夜塔、主尊の如意輪観音が浮き彫りで彫刻されお堂も地域女人講のの方々の寄進にて建立されて居ました。


この福島地域でも昔から庚申信仰は盛んだった様で、門外ブロック塀に沿って石宮庚申様、庚申文字塔が沢山祀られて居り、此の地域と寺との強い絆を見せて戴き帰宅しました。  


Posted by 林ちゃん at 05:04Comments(0)石神仏

2014年05月28日

箕輪城址を尋ねました

5月27日、100名城に入る高崎市箕輪城址を尋ねました。今回の箕輪城址訪問見学は予備調査は一切せずに行った為か、今朝は何だか後ろ髪を強く引かれた夢で1時半に目が覚めてしまい、其の儘、考え事で寝付けず、4時に離れの隠居部屋に来た。
幸にも本丸跡のバイオトイレの管理に見えて居た人に、遭えて下り口について問い合わせ出来たから良かったが、後は一人も遭えず下って来た。

虎稲門駐車場に車を止め、郭馬出、二の丸、本丸跡のコースで上り、本丸で石塔を写真に収め、本丸西虎口から蔵屋敷を通り、鍛冶曲輪「かじくるわ」の石垣を見て駐車場に着いた。


         本丸跡に着くと、箕輪城跡の石塔が一番にめに飛び込んで来ました。




馬頭尊有り、夏草や兵どもの夢の後、芭蕉句の石塔ありで、しばし軍馬、将兵に想いを馳せました。

聖徳太子の石塔そばの西虎口より下り、蔵屋敷、鍛冶曲輪を経て駐車場に着きました。今回の箕輪城址の見学、何だかアップしても後ろ髪引かれる様な気持ちが強く、今度は東口搦め手口の方から近い内に再度見学したいと思って居ります。  


Posted by 林ちゃん at 05:39Comments(4)石神仏

2014年05月27日

箕郷町柏木沢の神社、旧跡を訪ねて

5月25日、従兄と不動寺を後にして、同じく箕郷町柏木沢の神社、旧跡を訪ねました。先ず杓子神社を訪ねました。
杓子神社は、享保8年「西暦1723年」柏木沢地域の信仰心厚い人々が協力し合って立てた祠で有り、農耕の神として五穀豊穣と地域の発展、繁栄安全を守護して呉れる霊験あらたかな神であり、ご眷属は白蛇と青大将で有ると云われ、又隣には薬師如来像も建立されて居て、健康特に歯全体を守護してくれる石仏で有ると云われて居るとの事です。


           小高く積んだ石積の上に祠と薬師如来像が並んで祀られて居ました。


近年信仰心厚い地域住民によってお堂を建立、灯篭も奉納され、春秋の2回例大祭を挙行して地域住民の発展、繁栄を祈願して居るとの事でした。



続いて桜薬師堂を訪れました。薬師堂を覗いても中は見られませんでした.堂裏には樹齢数百年と推定されて居る桜の巨木が有り、桜薬師の桜と云う看板が建立されて居ました。
最後に柏木沢の庚申塚を訪ねました。此処では多くの庚申供養塔が建立されて居り、道祖神文字塔、蚕影碑が建立されて居て看板も建立されて居ました。



柏木沢の蚕影碑の看板によりますと,明治20年5月23日、柏木沢中心に激しい雹が降り見る見る間に2尺程積もり屋根から落ちた軒下には子供の背の高さ程積もったと言い伝えられて居り、此の降雹により桑の葉や麦野菜などに甚大な被害が出て蚕は飼えなくなり、止むを得ず現地に穴を掘り埋め、其の供養と惨状を後世に伝えるため明治30年「1897」蚕影碑は
建立されたと記してあった。
天災は恐ろしい、この冬の豪雪によるハウスの倒壊が相次いだ事を思い起こされた。
従兄には柏木沢の神社仏閣名跡を案内して貰い、さらに飲食店にてご馳走に成って大きな借りを作って終いました。  


Posted by 林ちゃん at 05:44Comments(0)石神仏

2014年05月26日

箕郷町不動寺を訪ねて

5月25日、旧群馬町地域の石神仏は可成り見て廻ったので、箕郷町の石神仏を見たいと考え、高崎市箕郷町柏木沢に住む従兄を訪ねました。彼はかれの菩提寺不動寺を案内して呉れました。

丁度境内に先代奥様が居られ、上の写真は先代奥様に来訪の目的を話す従兄、此の後住職様が本堂の戸を開けて呉れ、本堂内に招き入れて下さいました。

本堂に上がると一番に仏壇奥に案内して呉れました。本尊の不動様は扉の奥に祀られて、その前中央に不動尊立像、右側にお釈迦様立像、左側に薬師如来瑠璃光尊立像が祀られて居ました。

仏壇前上の欄間、不動寺では近年改築しましたが欄間を元に設計され建立したとの事、欄間の向かった右側に文殊菩薩像、左側に普賢菩薩像が浮き彫りで彫刻されて居ました。
此の欄間は旧本堂建立の際、日光の見猿、言わ猿、聞か猿の彫刻家左甚五郎の弟子、関口文次郎作で安永9年11月14日「1780年」今から234年前の作、不動寺の欄間を作った後、関口氏は榛名神社の彫刻をしたとの言い伝えが有ると云う事で素晴らしい文化財的欄間でした。

         外に出ると不動堂も建立されて居り、不動尊石仏も建立されて居ました

並んで信州高遠の石工が彫ったと云う大日如来像も祀られて居ました。山門脇にはお地蔵様,13層塔も建立されて居ました。
  


Posted by 林ちゃん at 05:34Comments(0)石神仏

2014年05月25日

西国分の日光、月光菩薩

高崎市西国分町の畑の中に、日光、月光菩薩が二体、並んで建立されて居ると聞いて訪ねて見ました。
今迄随分通った道脇ですが、全く有る事自体知りませんでした。ちゃんと看板も立って居るのに目に入らなかったのだから、関心が無いと,有るとでは大違いだなと思いました。




看板を読んで西国分の薬師堂にも行って見ました。薬師堂内には薬師如来像に脇侍の座像も祀られて居り、多くの小さなお弟子石仏も並んで祀られて居ました。

  


Posted by 林ちゃん at 04:59Comments(0)石神仏

2014年05月24日

保渡田町落合観音堂墓地を訪ねて

高崎市保渡田町の落合観音堂墓地を訪ねました。馬頭尊群が祀られて居ると聞いて訪ねました。
馬頭尊は頭に馬頭を乗せた馬頭尊像と文字塔の2種類有りますが、落合墓地には写真の様に、馬頭尊像と文字塔も多く祀られて居り、昔から落合の馬頭尊群として有名との事です。
墓地には観音堂も建立されて居ました。


多くの馬頭尊像が建立されて居ましたが、倒れかかったり、向きを変えたりされて居ましたが昔の人の馬に対する敬愛が偲ばれます。
  


Posted by 林ちゃん at 06:21Comments(0)石神仏

2014年05月23日

地元紙上毛新聞投稿欄に掲載されて

下記の文は去る5月19日、群馬県の地元紙上毛新聞投稿欄ひろばに掲載された私の拙い文です。お目に止めて戴ければ幸いです。
私が入会して居る引間長寿会では5月20日、一泊二日の春の旅行を楽しみました。
道中私の投稿文が話題になり多くの共感を呼び、皆、真剣に若い人に声を掛け、長寿会入会を勧めると共に各行事に参加していただく様、お互い声かけをすると云う話し合いが有り心強く思いました。
  


Posted by 林ちゃん at 04:31Comments(2)その他

2014年05月22日

引間長寿会春の旅行

5月20日,、引間長寿会春の旅行で一番に長野県北国街道『海野宿』を訪ねました。
海野宿は重要伝統的建造物保存地区に成って居り、道の中央を流れる用水、其の両側に立ち並ぶ格子戸のはまった美しい家並みは、歴史を強く感じ圧倒されました。

今回の旅行でも、バスに乗ると直ぐ、飲み物つまみが配られ、皆のみつまみ、和やかに雑談の花が咲いて居ました。

私はどうしても石神仏に目がついて、海野宿の入口に有った神社を参詣、道祖神、おじぞうさまと対峙して写真に収めて来ました。


昼食は信州そばを戴き、北向き観音、諏訪大社参詣しました。


夜の親睦会も、和やかにカラオケを唄い、最近出来た国府音頭を歌い、踊り楽しく終始しました。

21日は、生憎雨となり早めの昼食を戴き早めに帰宅しましたが、本当に楽しい旅行でした。  


Posted by 林ちゃん at 05:35Comments(6)旅行

2014年05月21日

芦ノ湖湖畔ツツジ、しゃくなげ観賞

富士山から御殿場、乙女峠を通り、芦ノ湖に着いた。湖畔のホテルで昼食をとり、ツツジ、石楠花の観賞、平日にもかかわらず、観光客の数は多く驚いた。
入園するとツツジの高さは3メートルも有り、満開に咲くツツジは素晴らしかった。




しゃくなげ園に入ると、大きいものは5メートルも有り、満開に咲いて居た。



今回の関越交通バスツアーは富士山と、芦ノ湖湖畔ツツジ、石楠花観賞と素晴らしい日帰り旅行だった。  


Posted by 林ちゃん at 06:11Comments(0)旅行

2014年05月20日

富士山に行って来ました。

関越交通バスツアーで富士山に行って来ました。何時もは天気なら見える富士山が鶴ヶ島で圏央道に入っても、富士山方面は雲が厚く、全く姿が見られなく今日は駄目かと思ったが。

神奈川県から山梨県に入るころに成り空が晴れて来て、富士急
ハイランドまで来たとき富士山が綺麗に出迎えてくれ、バス車内から一斉に喜びの声が上がった。

昨年7月17日、同じ此の展望台で写真を撮りましたが、矢張り雪を被った富士山の方が素晴らしいなと思いました。

お土産店内に鹿を首に巻いたアイヌの像が有りましたが昔の狩猟が偲ばれました。

展望台からは頂上に手が届くかと思う程、鮮明な雪の富士山が拝めたし、バス車内からは一番前に陣取り、富士スパㇽラインに入り五合目に着くまで動画を撮り続けたので、富士山が見え隠れするドライブの様子が後々楽しめると思って居リます。楽しい富士山参りでした。  


Posted by 林ちゃん at 03:31Comments(0)旅行

2014年05月19日

日本の歌を唄う会

高崎市文化協会群馬支部に所属して月一回開催される「日本の歌を歌う会」に私は入会して居りまして、高崎市市民活動センターソシアスで行われる毎月の歌唱会には出来る限り出席したいと考えて居ります
5月の歌唱会に出席、歌唱指導の阿形先生、ピアノ伴奏は近藤先生。若い先生2人の指導ぶりに毎回感服して居ります。
特に歌唱指導の阿形先生は身体中使って歌唱指導して呉れます。





上4枚の静止画では阿形先生の指導振りは伝わらず、動画を見て貰えないのが誠に残念です。私には歌は上手く歌えませんが、先生の詩の内容に沿った身体中を使っての指導ぶりを見せて戴くだけで入会の価値が有ると考えて居ります。


会員の多くは歌の譜面が解る様で先生の指導通り上手く歌って居りますが、私はオタマジャクシは解らず、上手く歌えませんが、少しでも上達したいと考えて居ります。本当に楽しい2時間の唄う会です。
皆さん一緒に歌いませんか。  


Posted by 林ちゃん at 02:55Comments(2)習い事

2014年05月18日

国府筋トレクラブ

高崎市国府公民館で毎週土曜日に行われる、国府筋トレクラブに通って居ります。10時より11時半迄の楽しい一時間半です。
最初はタオルを使っての、タオル体操、鬼石式と云われるトレーニングを一から十迄、最近出来た国府音頭の合唱、最後に脳トレを行い、笑いヨガもしてお終い。

        最初はタオル体操、黄色のシャツを着て居る人は介護予防サポウターです。

              タオルの両端を縛り天井に投げてキャッチする。

              鬼石式トレーニング一から十まで。

鬼石式トレーニングの次は、輪になって脳トレ、ラフターヨガ「笑いヨガ」
毎週最低25人は出席するが本当に楽しい1時間半です。  


Posted by 林ちゃん at 05:15Comments(0)習い事

2014年05月17日

北原の百庚申塔

高崎市北原町村西に祀られて居る庚申塚を訪れました。
庚申塚には三基の塔に分けて、百の庚申文字を刻んだ{三石百字庚申塔が}有りました。青面金剛石塔に34文字、庚申像等には33文字、猿田彦大神には書体の異なる33文字が刻まれて居り、造塔は元治2年「1865」の銘が有りました、




           青面金剛像も祀られて居て享保20年」「1735」 の銘有り

      他にも多くの庚申文字が刻まれて居た石塔が多く建立されて居ました  


Posted by 林ちゃん at 05:37Comments(3)石神仏

2014年05月16日

金古町常仙寺墓地を訪ねて

金古町常仙寺墓地を訪ねました。墓地入口では六地蔵さんが迎えて呉れました。常仙寺の檀家さんは富豪の檀家が多く居られる様で、種々寄納、建立されて居ました。

一番に目に着いたのが私の大好きな詩人、坂村眞民の詩、「念ずれば花ひらく」の詩が大きな石に刻まれ建立されて居ました。過日NHKラジオ深夜便で、坂村真民記念館館長さんのお話を聞きましたが、此の念ずれば花ひらくの詩が石に刻まれ、全国では何百の寺で建立されて居るとの事でした。こんな近くのお寺で坂村眞民の詩が建立されて居て驚き、嬉しく思いました。

            大きな立派な観音様立像が建立されて居ました
  


Posted by 林ちゃん at 04:50Comments(2)石神仏

2014年05月15日

レタスの収穫

私が毎日散歩する側道に沿った広い面積に長野県の篤農家が、高齢に成り作付け出来なく成った農地を借り受けてレタスの栽培をして居ります。
散歩の度に肥料の散布から耕うん、マルチの作条、植え付け作業、植え付け後の保温材の被覆、暖かく成り、保温材の撤去と常に作業を見せて戴き、成長するレタスを眺めながら毎日散歩して居りました。
いよいよ収穫期に入り先日、朝6時前10人程で収穫作業に励む畑にお邪魔して写真を撮らせて戴きました。レタスも戴き朝食に美味しくご馳走に成りました。
長野から来るのに1時間半も掛かるのに6時にはもう可成り箱入れもされて居て驚きです。この働き振りには本当に頭が下がります。

包丁で収穫、根元を上に箱詰めしやすい様に綺麗に並べられて行く

           後から次々箱詰め作業

箱詰めされたレタスを車に乗せて駐車場で待つ、大型保冷トラックまで運び出す

一連の作業を監督しながら箱詰めに励む篤農家の方です。他にも何ヘクタールも借りて作付けして居るのですから驚きです。
  


Posted by 林ちゃん at 04:35Comments(0)その他

2014年05月14日

金古町常仙寺を訪ねて

高崎市金古町常仙寺を訪ねました。
山門北側には大きなお地蔵様が祀られて居ました。このお地蔵様は昭和6年5月16日、常仙寺の東に有った絹市場館で行われた映画会の際、フイルムに火が着いて、満員の館内がたちまち火の海と成り14人の焼死者を出した悲しい事故が有り、事故の一か月後に供養の為、建立されたと云うお地蔵さんです。




          お地蔵さんの傍らには馬頭尊塔も祀られて居ました。

山門南側には延命地蔵堂が建立されて居て中に祀られて居た御地蔵さんを残念ながら写真に収める事は出来ませんでしたが、地蔵様の説明文が有り、しみじみ読み手を合わせました。
  


Posted by 林ちゃん at 04:52Comments(2)石神仏

2014年05月13日

西国分の一石百馬頭尊

各地で見られる「百馬頭尊」石仏は頂上に馬頭をいただく石像と文字塔の2種類があるが、これは「一石百馬頭尊」といわれ、群馬県内唯一のものだと云う事です。
大きな石の正面に「馬頭観世音」と刻まれ。其の両側に書体の異なる百六の馬頭尊の文字が刻まれて居ました。裏面には嘉永6年「1853」森山部右衛門他13人の記名が有り一石に百の馬頭尊を表して、馬の供養と旅の安全を願ったものだと云う事です。





今回の西国分の一石百馬頭尊の取材に当たり、始め、午後に撮りに行き、パソコンに入力して見たが太い字さえ画面に出ず、直ぐ行って取り直したが又駄目、「原因は暗い杉林の中で東向き」翌朝又撮りに行き、何とか字が写ってアップする事が出来ました。
近いから良かったが、此れからは遠くの石神仏の取材に成る。石神仏の向きにより随分苦労が有るなと思わされた今回の取材でした。

         一石百馬頭尊の傍にも小さな馬頭尊が祀られて居ました。

一石百馬頭尊が見下ろす写真の坂道は旧道で「やきもち坂」と呼ばれて居るそうです  


Posted by 林ちゃん at 05:18Comments(0)石神仏

2014年05月12日

甘楽町名勝樂山園を訪ねて

5月5日、富岡の帰り甘楽町國指定名勝樂山園を訪ねました。
パンフレットによれば江戸時代初期に織田氏によって造られた小幡藩邸です。池泉回遊式の借景庭園で「戦国武将庭園」から「大名庭園」へと移行する過渡期の庭園と位置付けられ、京都の桂離宮と同じ特色が有ります。と記されて居ました。

    甘楽町の素晴らしい文化遺産だなと思いながらゆっくり見乍ら散策して来ました

           池の傍を通っただけで餌を求めて鯉が集まって来ました。
  


Posted by 林ちゃん at 05:33Comments(0)ドライブ