2015年02月07日
地元紙上毛新聞投稿欄ひろばに掲載されて

上記の文は去る2月5日、地元紙投稿欄に掲載された私の拙い文です。
文中に有る様に私は82歳、心房細動、不整脈の病気を持って居り,坂東三十三観音巡りを自分の運転で行うのは大袈裟でなく死をも覚悟での観音巡りなのです。其れだけに無事結願出来た場合の喜びは計り知れないだろうと、今から思って居るのです。2月中に神奈川県内9ケ寺観音の参詣に行って来ます。



坂東三十三観音巡りをして居て、考えた事も無い家孫が学ぶ筑波大をつくば市に住む姪に案内されて学園内を一周、ギャラリーを見学。狩野治五郎先生像に並び。記念の写真を撮れた事、宇宙センターを見学させて貰い、夕食を姪一家、内孫と一緒に出来た事は生涯忘れられない嬉しい限りの事もあった。
兄弟8人皆元気で揃って居たのに
綺麗で長く見させて呉れた今年の白もくれん、桜
地元紙投稿欄に掲載されて
私の終戦記念日の一日
高崎市倉賀野町古商家おもてなし館を観賞して
地元市会議員選挙を応援、当選を祝って
綺麗で長く見させて呉れた今年の白もくれん、桜
地元紙投稿欄に掲載されて
私の終戦記念日の一日
高崎市倉賀野町古商家おもてなし館を観賞して
地元市会議員選挙を応援、当選を祝って
Posted by 林ちゃん at 06:54│Comments(2)
│その他
この記事へのコメント
上毛新聞の記事、頂戴いたしまして読ませていただきました。ラジオ、新聞、TVへと投稿されることは生きていることの証拠です。大げさに言えば、歴史に残したことになります。なかなかできないことです。私など足元にも及びません。
筑波大、またお孫さんなどの写真これ以上の幸せはないのではありませんか。
今日本人が最も失ったものは、「三世共存」だといわれています。
三世まで行かなく、今現在のつながりも失ってしまったことによって、都会でじわじわと流行っているのが「シェアハウス」と言われるものではないでしょうか。
単なるアパートの中の一部屋か二部屋を、見ず知らずの部屋人同士でコミュニケーションをとる部屋にしているということです。都会の中の故郷の部屋か、都会の中の田舎づくりでしょうか。
そんなことしなくても、自分の家族で祖父母、父母、子供、やがては孫に至る繋がりこそが一番大事なことです。それを壊したのが戦後の日本だったのでしょう。それを自由な個人主義、民主主義だと教わったのです。
こちらの写真の温かさはどうです。涙が出そうになります。私だけでしょうか。
筑波大、またお孫さんなどの写真これ以上の幸せはないのではありませんか。
今日本人が最も失ったものは、「三世共存」だといわれています。
三世まで行かなく、今現在のつながりも失ってしまったことによって、都会でじわじわと流行っているのが「シェアハウス」と言われるものではないでしょうか。
単なるアパートの中の一部屋か二部屋を、見ず知らずの部屋人同士でコミュニケーションをとる部屋にしているということです。都会の中の故郷の部屋か、都会の中の田舎づくりでしょうか。
そんなことしなくても、自分の家族で祖父母、父母、子供、やがては孫に至る繋がりこそが一番大事なことです。それを壊したのが戦後の日本だったのでしょう。それを自由な個人主義、民主主義だと教わったのです。
こちらの写真の温かさはどうです。涙が出そうになります。私だけでしょうか。
Posted by 庄野勝久 at 2015年02月07日 09:21
庄野さん毎度コメント有難う御座います。
親が居て、子がいて,孫がいてが当たり前の世の中で有って欲しいものですね。3世代一緒だと楽しい事が多いし頼りになりますものね。
庄野さん私今日は秩父34観音巡りの初願をして来ました。7観音を巡り、「最後に秩父あしがくぼの氷柱を見て来ました。可成りの規模の氷柱で大変混みあって居ましたよ。
庄野勝久様 後閑林司郎
親が居て、子がいて,孫がいてが当たり前の世の中で有って欲しいものですね。3世代一緒だと楽しい事が多いし頼りになりますものね。
庄野さん私今日は秩父34観音巡りの初願をして来ました。7観音を巡り、「最後に秩父あしがくぼの氷柱を見て来ました。可成りの規模の氷柱で大変混みあって居ましたよ。
庄野勝久様 後閑林司郎
Posted by 林ちゃん
at 2015年02月07日 16:40
